霞沢岳と上高地クラシックルート:1日目+お知らせ

【7月7日 霞沢岳と上高地クラシックルート:1日目+お知らせ】

八ヶ岳から戻って以来腰が安定しません。
痛かったり・・・重かったり・・・違和感を感じたり・・・。
35年以上もコルセットの世話になっている腰なので「今さら」の話なんだけど、
落ち着いていてくれないと何もやる気が起きません。
当然山にも登れません。
2週間近くも無為に過ごしてしまって・・・果たして霞沢岳に登れるのか知らん?
かてて加えて、
出発前夜は2時間30分しか眠れませんでした。

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上高地クラシックルートの案内図(二俣にて)


[徳本峠(とくごうとうげ)について]
長野県西部,南安曇 (みなみあずみ) 郡安曇村島々から上高地へ至る登山道に
ある峠。標高 2135m。 1933 年梓川沿いの車道ができるまで,信州側から
上高地に入るために利用された。古くは北アルプス (飛舞山脈) に入る猟師や,
松本藩有林であった梓川流域の山林をきる杣人 (そまびと) は,徳本峠を越えて
上高地に入った。明治に入って,近代登山が始まるとともに穂高連峰,上高地の
眺望のよいこの峠が有名になり,上高地を紹介した W.ウェストンや日本山岳会
を結成した小島烏水 (うすい),志賀重昂 (しげたか) などの登山家もここを越えて
いる。明治中ごろから昭和初めに上高地にあった牧場で放牧された牛もこの峠
を通った。毎年 6 月初旬,上高地で北アルプスの山開きであるウェストン祭が
行われるが,参会者は島々から徳本峠を越えて入山するならわしになっている。
                         (世界大百科事典より引用しました)

徳本峠の名前の由来については、
いろいろ調べてみましたが決定的なものは見つかりませんでした。
諸説紛々といったところでしょうか。
信憑性の高いものとしては
1:元々は名のないただの峠だったのだが、
  上高地側白沢にあった“徳吾の小屋(牛番小屋)”に続く道だったから徳吾峠。
2:“上高地徳郷の小屋(現明神館)”に続く道だったから徳郷峠。
でも徳吾または徳郷が何故徳本になったのかは不明でした。
「大正2年国土地理院発行の5万分の1の地図に、誰も知らないうちに「徳本峠」
と記されていて、その後その名称が定着した」
が本命でしょうか。
それでも何故「吾が本に」「郷が本に」なったのかはチンプンカンプンのまま
ですが。


7/7(日)
 益子5:30発~島々9:00着(車デポ・定期バス)9:32発~上高地BT
 10:30着(雨のため屋根の下で昼食)11:00発~嘉門次小屋12:15発
 ~明神分岐12:35発~徳本峠小屋(2135m)14:35着(泊)


予報に反して雨です。
雨粒が汁がわりでは余りにも味気ないので、
昼食予定の明神を前倒しした11人はBTの屋根の下でモソモソ・ボソボソ・・・。
さては踏み出す足取りもトボトボ・トホホ・・・と思いきや、
そこはポジティブな雨巻家族のことリズミカルにスタカートを刻んでくれました。

今回の宿は峠にあります。
なので寝床となる宿・徳本峠小屋は天水に頼っています。
不便な水事情を承知している宿泊者なら、
自分で消費する水は自分で担ぎ上げる程度の良識とか善意が必要だよね。
ところが梓川の清流を濁流に変えているこの雨では、
「最後の水場」の水も濁っているに違いありません。
そこで河童橋袂の水道水2~4.5リットルほどをそれぞれがドッコイショッ!

梓川右岸の人気もまばらな裏通りを行きます。
あちこちから穂高や明神の湧水がこんこんと湧き出てとうとうと流れています。
雨もあいまってかシットリとした潤いと優しさに包まれていて・・・、
心底清々しいんだよな~この幽玄の森の襞(ひだ)は!

表通りの嘉門次小屋・明神分岐を過ぎ、
涸沢の白沢出合で右折し高ぶる五体をクラシックルートに溶け込ませます。
白濁したもやの介助もあって渾然一体に時間はかかりませんでした。
あっという間に350年(1661年頃)前にタイム・スリップ!
(*徳本峠小屋HPの中の「峠の歴史」に興味深い記述が多々あります)

往時の猟師・牧者・杣人たちも喉の渇きを癒したであろう最後の水場で一服。
そこから九十九折にひと汗かいただけで、
神河内と島々とを聳(そばだ)ち隔て分けていた古の峠に到着です。
雨巻家族は感慨無量の面持ち。
でもこの日はいっときたりとも穂高連峰を目にすることがありませんでした。
本来であれば(島々谷側から登った記述)
「峠に立った時、不意にまなかいに現れる穂高の気高い岩峰群は、日本山岳
景観の最高のものとされていた。その不意打ちに驚かない人はいなかった」
                            (深田久弥の日本百名山より)
のような景観が待っていた筈なのですが。

心のこもった美味しい夕餉を17時30分からごちそうになった後、
翌日3時という早や立ちに備え19時前にはふくよかな布団へ沈没。
ようやく寝付けたと思う間もなく雨音が屋根を叩く音を聞いてしまったので、
またもウツラ・ウツラ・・・。
「あ~あっ!今夜もか~!?」

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上高地BT発

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河童橋にて

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梓川右岸を行く

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オドリコソウのような・・・?

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マイヅルソウ

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最後の水場に到着

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最後の水場


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歴史ある徳本峠小屋

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心のこもった夕食

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ふっくら布団とゆったりスペース(計13人でした)


【お知らせ】

[7月13日~15日の剱岳と立山について]
 益子町民会館P3:00発 壬生SA3:40発
 人数を考慮してマイクロバスにしました。費用がアップしますので了解ください

[7月20日~22日の白馬岳と不帰キレットについて]
 益子町民会館P4:00発 壬生SA4:40発
 人数を考慮して中型バスにしました。費用がアップしますので了解ください
 メンバーの力量を考慮して栂池-白馬山荘を猿倉-白馬山荘に変更します

[7月27日~29日の荒川三山と赤石岳について]
 益子町民会館P0:00発を半日前倒しして、
 26日12時発、10人乗りレンタカー使用、赤石温泉白樺荘泊を検討中です
 都合の悪い方がいた場合再考慮しますので連絡ください

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この記事へのコメント

セとナ
2013年07月11日 13:33
デイダラボッチさん、こんにちは。
腰の調子が悪く、366日?山漬けのデイダラボッチ
さんは、さぞかし歯がゆい思いをしていた事でしょうね。
でも霞沢岳に行って来られた様なので、腰も大分
落ち着いたのかな。
まだまだ折り返し地点、山が山積み、一番大事な腰を
いたわってあげて下さいね。
お天気はいいと思っていたのですが・・・
女心と山の天気はわかりませんね(笑)
続き楽しみにしてますよ~
2013年07月11日 15:50
セとナさん、こんにちは。
「泣く子と地頭には勝てぬ」って言うけど、絶対
に勝てないものって沢山あるね。その最たるもの
がお天気(セさんにとってのナさんもそうなのか
)。年間計画で歩いている私たちにとって
最も厄介な相手です。でもネガをポジに変えてし
まう強かさを持っている家族なので助かります。

腰はまだダメです。ダメな腰との付き合い方は会
得しているので騙しながら登ることにします。
ところで、「眠れない病」の私が昨夜は7時間も
眠れました。睡眠導入剤を変えてもらった途端の
ことです。今夜も眠れるとイイナ~。
セとナ
2013年07月11日 17:11
意外かな?何時もナが負けています。
(ほんとかな?)
ところで眠れるようになってよかった!
眠れないのは辛いですよね。
「眠り病」かと思う位毎日眠たくて仕方ありません。
でも山に行く前の晩とか小屋では流石に眠れませんが・・・
今夜もぐっすり眠りにつけるように、
寝ながら祈ってますよ。

2013年07月11日 19:12
セとナさん、こんばんは。
実は余談があります。
これまでは睡眠導入剤を飲んでも1時間ほどは寝
付けなかったので、昨夜もその心算でいて服用後
30分経ってトイレに入ったところ、座ったまま
眠ってました
これからはお風呂に浸かったまま寝込まないよう
に気をつけなきゃ~ね

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